「子ども手当て」で教育格差は解消できるか

子ども手当は、子供がいる世帯に月額2万6千円(2010年度は半額)を支給するありがたい制度である。しかし、全ての人がこの恩恵にあずかれるわけではない。この辺のところは、東レ経営研究所の「子ども手当の導入が家計に与える影響 ―520ケースのシミュレーション―」をご覧いただきたい。

子ども手当てに関しては、さまざまな報道が溢れているが、本来の目的は、少子化対策だということはあまり知らされていない。子育てにはとにかくお金がかかる。その中のひとつが教育費である。それゆえに、子ども手当を教育費に当ててもらう狙いがある。そして教育格差の解消に繋げていく。

教育格差なるものがなんなのか、少しばかり検証してみたい。たとえば、自分の行きたい学校があるとする。そのために必要なものは、まず、本人の能力である。名門校に行きたいと思っても、誰もが簡単には実現できない。ある程度、本人の能力に差があることは仕方ないことだ。次に、本人の努力ではないだろうか。努力せずに栄冠を勝ち得ないのは、いつの時代でも同じだろう。最後に、親の所得や教育観である。

橘木(2006)によれば、義務教育を終えた子供が高校や大学に進学する際に、今日の日本社会において、親の所得という要素がかなりの影響を持つことが、様々な統計によって確認されている。わかりやすい例で説明すると、東大の進学者は、30年ぐらい前であれば、東京の日比谷高校をはじめ各都道府県の名門公立高校の出身だった。公立高校は、私立高校に比べて授業料が安く、誰でも入試を受けることができる。本人の能力と実力(努力)次第で、進学することは可能だった。親の所得が与える影響はそんなに大きくなかったと言える。

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東大生の主たる家計支持者の年収領分布 (単位:%)

しかし、現在はどうだろうか。東大の合格者の多くが私立の進学校出身者に様変わりしている。私立学校は教育内容についての自由がある程度あり、受験に特化した教育を行うことができるから、名門校に合格させる流れが作りやすい。このような私立学校は授業料も高いし、何よりも受験にパスすることが難しい。

そのため、学習塾に通ったり家庭教師を雇ったりして対策をする。しかし、ここにも多くのお金がかかる。こうなると、もはや親の所得が高くなければ、進学は無理である。実際に、東大生の子供を持つ親の所得は、日本の大学では一番高い水準にある。金持ちだけが受けられる教育、それは親から子へ受け継がれる。これではまるで、教育の「負」のスパイラルではないか。教育格差は、教育の機会が平等でないことを示唆している。

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塾に「通っている子」と「通っていない子」の学力の差

なるほど、確かに教育格差は存在し、今回の子ども手当でそれを解消する狙いがあるわけだ。そして子育てをしやすくし少子化対策につなげる。しかし、手当を教育費に使う保証はどこにもないし、果たしてお金の問題で教育格差は解消できるだろうか。あまりにも安直で浅はかな考えではないだろうか。

重要なのは、親の教育に対する考え方ではないだろうか。親の教育意欲が高ければ、子供の意欲もつられて高まる。特に親が勉強を教えている場合は、子供に与える影響は大きい。これを意欲格差といい、所得格差にまさるという(第一生命経済研究所(2007)、「親が勉強を教えている」)。ここに、子供の学力を上げるヒントがある。教育には確かにお金がかかることは間違いないが、一番大切なのは親の姿勢だということである。

子ども手当、大いに結構である、しかし、政策に振り回されることなく、親はしっかりと我が子を見守る。当たり前のことなのだが、いつの頃からか他人任せになってしまったのだろうか。

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参考文献

格差社会―何が問題なのか (橘木 俊詔  岩波新書)

「学力低下」の実態 (苅谷剛彦他 岩波ブックレット)」

カテゴリー: 社会動向. 1 Comment »